新しい就活
情報公開の圧力が社会的に大きくなっても、冒頭で触れた官庁や企業は情報を小出しにした。
これとくらべれば、一組織内でトップ管理者が情報提供を操作することなどはきわめて容易であろう。
このようにして決定される案や方針は、もちろん前述の2、3人に都合のよい(と考えられる)ものであって、組織全体によいものではない。
ただし不祥事においては、それらの2、3人にとっても非常に都合の悪い結果が生じてしまった。
そもそも組織全体に都合のよい案や方針は、2、3人が密室で決定する必要もない。
そうしなくとも多数の賛同が得られる。
密室で決定されるのは、そうしないと多数の「賛同」が得られない案であって、ほんの少数に特に有利な方針、少数者の責任や名誉に関する問題、反対のありそうな人事などが典型例であろう。
このような意思決定メカニズムをモデル化して極端な場合を描けば次のようになる。
9人の成員からなる公式の組織が存在すると仮定する。
その成員をM1、M2、・・・、M9と呼ぶことにする。
M1からM5までの5人は同一のインフォーマル・グループに属するとしよう。
M6からM9まではインフォーマル・グループに属していない。
インフォーマル・グループの長であるM1が、公式の組織でどうしても決定したい案があるとする。
1人だけでそれを主張すると、インフォーマル・グループ内でも賛同を得ることが容易でないと仮定してみよう。
そのときM1はそのグループ内で第2番目の地位に就いているM2にその案のことを話す。
M2はその案が自分に格別不利にならないと考えれば、多少祷路しても(当該の案が不正を含む場合はそうであろう)それに同意する。
するとM1はそのグループ内で第3番目の地位に就いているM3に話を持ち出す。
M1とM2は同意しているがM3は同意してくれるか、と尋ねる。
M3を含めて3人のうち2人がすでに賛成しているので、M3はたとえそれに反対でも反対しにくくなって賛成する。
同様にして、M4とM5が順番に賛成していく。
このようにしてM1はM2の賛同さえ獲得すれば、以後は多数を根拠にインフォーマル・グループの成員すべての賛同を獲得することができる。
そうすれば、公式の会議においても多数決によってその案を採択することができる。
以上は1人ないしは2人の実現したい案が、公式組織の方針に変換される場合をモデル的に表したものである。
多数決制は、公にはできない個人的な噌好を隠蔽しながら実現する手段となることも理解できよう。
通常は上層の決定も、互恵関係を考えてできるだけインフォーマル・グループ内の成員の利益を害しないようになされるであろう。
グループ外の成員の利益は減少しても、グループ内の成員の減少しないようになされる。
そうした案は、グループ内の成員には何らかの利益があるか、少なくとも無関係なので、グループ内の賛成は比較的容易に得られる。
時として、先の不祥事における不正の隠匿などの例のように、関係者の進退にかかわるリスクの大きい案の同意を、グループ内で求められることもあろう。
公式組織においては、ときどき一部の個人にとってきわめて重要な問題が生じることがある。
個人の利益を大いに増進できるチャンスが到来し、不正や失敗が発覚しそうになるときである。
そうしたときは右にみたようなメカニズムが機能して、インフォーマル・グループの一部の成員の利益が確保される。
他の成員自身もそうした事態に直面する可能性があるので、それに備えてふだんからできるだけ同調的態度を示し、「貸し」ないしは「保険」をつくっておこうとする。
かもしれない。
日本人は集団主義的であるために会社(組織)全体の利益を考えて、不正を隠匿したりその他の違法行為をしたりするといわれることがある。
少なくとも現在の組織では、ここでみたような私利の追求によって不祥事が生じているといえる。
集団主義は個人の利益よりも組織の繁栄を願うことを意味するわけであるから、集団主義者は右で分析した行動をとるはずがない。
集団主義者が不正を知ったならば、むしろ小さいうちに除去しようとするはずである。
右でみた行動をとる人間は集団主義者ではない。
日本人が「仲間うち」で酒を飲むとき、同じ組織の成員に対する陰口が頻繁に行なわれる。
他人の陰口が最もうまい酒の肴であるとまでいわれる。
「君だけに話すが」といって、いたる所で話される陰口もある。
もちろん主として陰口の対象となるのは、その場にいない者でインフォーマル・グループに属さない人間である。
陰口は終身雇用制の下で効果を発揮する。
成員が流動的な組織では陰口の効果は小さい。
日本にもかつては、その場にいない人間の悪口をいわないという倫理が存在したし、現在でもそれを実行している人は多数いる。
陰口を頻繁かつ戦略的に使用する者もかなり多くなっている。
その性格上、陰口は非公式な場所で話されるため、通常は話し手に都合のよいように脚色されている。
あるいは内容が事実であるとしても、文脈を無視して全体の一部分のみが話し手に都合のよいように語られる。
陰口の対象となっている個人について聞き手が悪い印象を持つように話される。
特にインフォーマル・グループ内で互恵関係にある話し手に対しては、聞き手は同情して陰口を聞くので悪い印象を持つであろう。
そのような印象を持ってもらうこと、陰口の対象者に対する話し手の立場の(心理的)上昇を狙うこと、その場にいる人間には心地よく面白い話をすることが陰口の目的である。
陰口の対象者に聞き手が直接接したことがない場合は陰口の効果はかなり大きいであろう。
直接接する前に先入観をつくりあげることができるからである。
陰口は個人による陰湿な情報操作である。
その対象となる人間が絶対に反論できないという条件の下で、話し手に有利な情報を拡散する。
それを脚色し、面白おかしくするほど、聞き手が他の個人にも話してくれるという普及効果を高めることができる。
そうすることによって、公式の場などにおける話し手の不愉快さを軽減するとともに、彼に対するインフォーマル・グループの支持や庇護の力を大きくすることができる。
話し手がいかなる不正をしても、自分の不正を隠し、その不正を問題とする可能性のある個人の陰口をすれば、庇護の手が差し伸べられる。
同一組織の分断も陰口によって起こりうる。
まず、インフォーマル・グループに属さない人間の評価を下げる目的でなされる。
そのため、さもなければ組織にとって効率的な協力が成立する場合でも、陰口のために成立しなくなる。
個人的にはまったく接したことのない人間に、個人が陰口に影響されて接することを控えることも頻繁に起こる。
かくして、インフォーマル・グループの成員とその外にいる成員との間のコミュニケーションが阻害される。
インフォーマル・グループのなかではその外の個人に対する陰口が多く行なわれやすいので、組織全体の信頼ストックが減少する。
陰口は公式組織内の信頼ストックを意図的に切り崩す。
切り崩した部分は、陰口の話し手のインフォーマル・グループ内での評価を高めるために利用される。
個人的にはそうしたほうが、利益が大きい。
ここには、前章でみた共有地問題と似た論理が成立する。
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